PAI-1阻害薬RS5614を用いた国内及び米国の研究機関との共同研究により、加齢に関連して発症する種々の疾患の予防や健康寿命を延伸できる可能性を示唆する一連の知見を明らかにしました。
ⅰ 細胞の老化(Senescence)
生物の細胞は、細胞老化[i]と呼ばれる現象のために無制限には増殖できません。細胞老化には、遺伝子のテロメア長[ii]の短縮、p53,p21,p16ink4aなどの細胞周期調節因子[iii]が関与しています。
老化した細胞はPAI-1の発現が極めて高く、PAI-1阻害薬により細胞周期調節因子、老化関連β-ガラクトシダーゼ(SA-β-gal)染色[iv]、IL-6等インターロイキンなどの細胞老化随伴分泌現象(SASP:senescence-associated secretory phenotype)[v]、DNA損傷応答[vi]などの老化バイオマーカーは改善し、心筋細胞、線維芽細胞、血管内皮細胞の細胞老化が阻害されます(Oncotarget 2016)。
また、PAI-1阻害薬はヒト早老症であるハッチンソン-ギルフォード症候群[vii]の患者線維芽細胞のDNA損傷を減弱し、ミトコンドリア障害を改善し、細胞の老化を改善します(Cell Death and Disease.2022)。
ⅱ 組織や個体の老化(Aging)
細胞のみならず、老化した組織や個体(klothoマウス[viii]、早老症として有名なウェルナー症候群[ix]のヒト)でも、PAI-1の発現が高いことが報告されました(Proc Natl Acad Sci USA. 2014)。老化(早老症)モデルであるklothoマウスを用いた非臨床試験で、PAI-1阻害薬の経口投与によりこのモデルの老化症状が改善できます(Proc Natl Acad Sci USA. 2014)。
ⅲ 加齢に関連する疾患
加齢とともに、がん、血管(動脈硬化)、肺(肺気腫、慢性閉塞性肺疾患)、代謝(糖尿病、肥満)、腎臓(慢性腎臓病)、骨筋肉(骨粗鬆症、変形性関節症、サルコペニア)、脳(脳血管障害、アルツハイマー病・認知症)などの様々な疾患が発症します。
興味深いことに、これら疾患ではPAI-1の発現は極めて高く、PAI-1阻害薬RS5614を投与することにより病態が改善できます(Biomedical J, 2026)。
RS5614は、血管老化の進展を抑制するだけでなく、RS5614投与前の血管老化症状よりもさらに症状を改善することが明らかになりました(J Clin Invest. 2025)。「人は血管とともに老いる」といわれるように、加齢とともに血管が老化し、この血管の老化が健康寿命に大きく影響すると考えられます。現代の様々な生活習慣病(高血圧、糖尿病、慢性腎臓病、高脂血症)が血管老化を加速します。
PAI-1阻害薬が血管の老化を防止するだけでなく、回復できる事実は極めて興味深い知見です。
ⅳ 長寿家系の疫学的調査
米国ノースウエスタン大学との共同研究で、アーミッシュコミュニティー[x]の人々を調査し、PAI-1遺伝子を持たない人は持っている人に比べて10年長生きすることを見出しました(Science Advances 2017)。この事実は、2017年11月にニューヨーク・タイムズを始め(THE NEW YORK TIMES, NOVEMBER 21, 2017)、多くの新聞で報道されました。
さらに、アーミッシュのヒトと同じPAI-1遺伝子の異常を有するマウスの寿命は、正常のマウスに比べて20%程度長いことも示されました(J Clin Invest. 2025)。
これらPAI-1阻害薬の抗加齢作用に基づき、「老化細胞を除去し、がん化を促進する事なく老化関連疾患を抑制する新たな新規低分子医薬品」のコンセプト(Senolytic drug)を提唱し、東北大学、東海大学、広島大学の研究機関及び医療機関との共同でXPRIZE Healthspan(https://www.xprize.org/prizes/healthspan)に応募しました。XPRIZE財団[xi]が主催するXPRIZE Healthspanは、健康寿命を積極的に10年以上延伸することを目的とし、2030年までに健康寿命を延ばすことができた研究チームに対して、総額1億米ドルを支払うという世界的な長寿コンペティションです。
世界から600以上のエントリー、200以上の書類申請があり、治療アプローチとして、低分子医薬品、バイオ医薬品(エクソソーム、免疫調節剤、抗体医薬)、遺伝子治療、幹細胞治療、医療機器(デジタルヘルスデバイス、電気医療機器、磁気医療機器)、サプリメント、機能性食品、食事制限、運動療法、さらにそれらの組み合わせが提案されました。
当社は、米国ニューヨークで開催されたXPRIZE Healthspanの受賞セレモニーでTOP40(セミファイナリスト)に入賞し、賞金25万米ドルを受け取りました(2025年5月13日適時開示)。セミファイナリストは、セミファイナル臨床試験[xii]を実施し、2026年3月末までに報告書を提出します。
2026年9月にTOP10(ファイナリスト)が選出され(賞金100万米ドル)、最終コンペティションのための4年のファイナル臨床研究[xiii]が実施されます。ファイナル臨床研究を実施したTOP10のチームの中からグランプリが選ばれます(最大8,100万米ドル)。
セミファイナル試験は、特定臨床研究として東北大学病院で開始し、20例の患者登録を完了しました。最終的な試験解析結果は2026年5月頃を予定しています。
本プロジェクトに関して、ノースウエスタン大学Potocsnak Longevity Institute(長寿研究所)、台北医学大学、サウジアラビアのキング・アブドラ国際医療研究センター(King Abdullah International Medical Research Center:KAIMRC)との間で、臨床試験を共同で実施するための基本合意書を締結しています。
長寿関連事業(医療用医薬品、OTC医薬品、さらには動物医薬品)は、超高齢化を背景に経済や生活に与える効果も極めて大きな成長分野です。PAI-1阻害薬RS5441の脱毛症治療薬としての実例もあり、当社のPAI-1阻害薬の抗加齢・長寿研究をさらに展開する予定です。
なお、当社のがん及び抗加齢・長寿領域に関連する取材記事が、科学誌『Nature(Digital edition)』に掲載されました。
[i] 細胞老化:生物の細胞は、細胞老化と呼ばれる現象のために、無制限に増殖することはできません。この現象には、遺伝子のテロメア長の短縮、p53 などの細胞老化因子が関与しています。老化した細胞は、p53 に加えて、PAI-1の発現が極めて高いことが分かっています。p53 やPAI-1を抑制することで、細胞老化の現象は阻害できることが明らかになりました。
[ii] テロメア長:テロメアは染色体の末端に存在する構造で、細胞分裂のたびに短縮することが知られています。テロメア長は細胞の寿命や老化と密接に関連しており、その維持は健康や加齢に伴う疾患の予防に重要な役割を果たします。
[iii] 細胞周期調節因子:老化細胞は細胞周期が停止していますが、静止細胞と異なり老化細胞はどのような生理学的刺激を受けても細胞周期を再開することがありません。細胞周期の停止には、p53、p21、p16ink4aなどの因子が関与しており、老化細胞のバイオマーカーともなっています。
[iv] 老化関連β-ガラクトシダーゼ(SA-β-gal)染色:SA-β-gal は、細胞が老化する過程でリソソームに蓄積される酸性β-ガラクトシダーゼのことです。老化細胞では、この酵素の活性が上昇するため、老化の指標として利用されます。
[v] 細胞老化随伴分泌現象(SASP:senescence-associated secretory phenotype):老化細胞から分泌されるIL‑6などの炎症性サイトカイン、サイトカイン、ケモカイン、増殖因子、プロテアーゼを含む分子群で、老化バイオマーカーの一つとして位置づけられます。
[vi] DNA損傷応答:DNA二本鎖断裂などのDNA損傷は、細胞老化で見られる特徴の一つです。老化細胞では持続的なDNA損傷応答がみられ、最終的に細胞周期の停止を誘導します。
[vii] ハッチンソン-ギルフォード症候群:早老症は、幼い頃から体が実際より早く老化する病気の総称です。ウェルナー症候群、ハッチンソン-ギルフォード症候群など約10種類の疾患が含まれます。ハッチンソン-ギルフォード症候群は、遺伝性早老症の中でも特に症状が重い疾患で、動脈硬化による脳や心臓の重篤な血管障害が10代で起こることが多く、平均寿命は14.6歳と報告されています。
[viii] klothoマウス:klothoマウスは寿命が8〜10週と短く、その短い寿命の間に骨粗鬆症や動脈硬化というようなヒトの老化症状に類似した多彩な症状を示します。この表現型は一種の早老症と考えられ、ヒト老化のモデル動物としての可能性が注目されています。
[ix] ウェルナー症候群:思春期以降に「白髪・白内障・難治性潰瘍」など、実年齢よりも老化が促進された症状を呈する早老症の1つで、常染色体劣性遺伝疾患です。
[x] アーミッシュ:アメリカ合衆国の中西部などに居住する集団であり、移民当時の生活様式を保持し、農耕や牧畜によって自給自足の生活をしています。
[xi] XPRIZE財団:イーロンマスク氏などがスポンサーとなり、人類のための根本的なブレークスルーをもたらすことによって、新たな産業の創出と市場の再活性化を刺激することを使命とし、様々な世界的な挑戦的コンペティションを開催する財団です。
[xii] セミファイナル臨床試験:50歳以上の少数例(20名以内)を対象とし、1~2ヶ月間の短期間の治療介入効果を評価する臨床研究となります。介入効果に加えて、安全性と被験者保護の対応、認定臨床研究審査委員会(CRB、Certified Review Board)の承認、患者登録の実現性、データの収集・管理・提出能力などを総合的に評価します。
[xiii] ファイナル臨床試験:50歳以上の100名程度(200名以内)を対象とし、1年間の治療介入効果を評価する計4年間のクロスオーバー対象臨床研究となります。対照群と比較して、治療介入群が設定された3つの評価機能(筋肉、認知、免疫)すべてにおいて、少なくとも10年以上の機能改善を実証することを目的とします。