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慢性骨髄性白血病 後期第Ⅱ相試験結果に関する論文掲載のお知らせ

当社が開発を進めているRS5614(PAI-1阻害薬)慢性骨髄性白血病(CML)後期第Ⅱ相試験結果が、科学誌「Cancer Medicine」に掲載されましたのでお知らせいたします。

Takahashi N, Kameoka Y, Onizuka M, Onishi Y, Takahashi F, Dan T, Miyata T, Ando K, Harigae H. Deep molecular response in patients with chronic phase chronic myeloid leukemia treated with the plasminogen activator inhibitor-1 inhibitor TM5614 (*1)combined with a tyrosine kinase inhibitor. Cancer Medicine. 2022 online. (http://doi.org/10.1002/cam4.5292)

CMLは造血幹細胞(*2)の染色体にチロシンキナーゼを発現するBCR-ABL遺伝子の形成という異常(遺伝子変異)が起こりがん化した白血病細胞が無制限に増殖することで発症します。治療の中心になるのはイマチニブなどの分子標的薬(チロシンキナーゼ阻害薬(*3)、TKI)です。TKI投与により長期間の寛解を導入しても休薬すると再発することが診療上の大きな問題になっています。

日本におけるCMLの発症は10万人に毎年1人程度であり、人数にすると年間約1,300人となります。また、年齢別の発症頻度を見ると小児では稀で60歳を超える頃から増加します。高齢者人口の増加に伴う発症人数の増加とTKI治療の進歩による死亡率の低下により、総患者数は約15,000人以上と推定され、年々増加傾向にあります。

造血幹細胞は骨髄のニッチ(*4)に存在していますが、そこで腫瘍増殖因子β(*5)の作用を受けてPAI-1を細胞内に高発現します。造血幹細胞の細胞内でPAI-1は細胞内酵素Furin(*6)に結合してこれを阻害すると考えられます。その結果、膜型マトリックスメタロプロテアーゼ(*7)の活性化が阻害され、骨髄ニッチからの造血幹細胞遊離が阻害されます。PAI-1阻害薬RS5614は、細胞内PAI-1とFurinの結合を阻害し、膜型マトリックスメタロプロテアーゼを活性化することで骨髄ニッチからの造血幹細胞動員を促進します。

TKIを休薬するとCMLが再発する原因は、TKIが骨髄ニッチに潜むがん化した造血幹細胞(がん幹細胞)に作用しないからです。東海大学との共同研究で、PAI-1阻害薬RS5614が骨髄ニッチからがん幹細胞を遊離させ、TKIの作用を増強することでCMLの根治をもたらす可能性が強く示唆されました(Yahata T, Ibrahim AA, Hirano K, Muguruma Y, Naka K, Hozumi K, Vaughan DE, Miyata T, Ando K. Targeting of plasminogen activator inhibitor-1 activity promotes elimination of chronic myeloid leukemia stem cells. Haematologica. 2021; 106: 483)。

CMLを治癒するためには30年以上という長期にわたる高額なTKI治療の継続が必要であり、医療経済的な負担につながっています。長期継続服用による副作用も問題となっており、心筋梗塞や脳梗塞により死亡する例や網膜動脈閉塞症により失明する例も報告されています。そこで、可能な限り早期にTKI服用を必要としない治癒に導くことが重要です。最近、深い分子遺伝的寛解(*8)であるDMR(MR4.5, がん原因遺伝子BCR-ACLISが0.0032%以下のがん細胞クローン縮小)を一定期間継続しているCML患者で、TKI中止後も分子遺伝的再発がない治癒状態が得られることが明らかになりましたが、3年間という最短の治療期間で治癒を目指すことができる症例は8~12%にしかすぎません。RS5614は早期に多くのCML患者を治癒に導く新たな作用機序の安全な医薬品候補です。

後期第Ⅱ相試験で慢性期CML患者を対象にTKIとRS5614を併用したところ、TKI単独の48週治療で得られるDMR累積達成率8%に対して、TKIとRS5614の併用後48週のDMR累積達成率は33.3%であり、Proof-of-Concept(治療効果の確認)を得ることができました。さらに、安全性は治験薬との因果関係で重篤な有害事象はありませんでした。

本プロジェクトは、2022年8月3日付でお知らせしましたように第Ⅲ相試験を開始しました。当社は、できるだけ早く本薬剤をCMLの患者様にお届けしたいと考えています。

(*1)TM5614:RS5614(PAI-1阻害薬)の臨床開発番号

(*2)造血幹細胞:血球系細胞に分化可能な幹細胞

(*3)チロシンキナーゼ阻害薬:チロシンキナーゼは蛋白質を構成するアミノ酸のひとつであるチロシンにリン酸を付加する機能を持つ酵素(プロテインキナーゼの一種)で、細胞の増殖・分化などに関わる信号の伝達に重要な役割を果たします。遺伝子の変異によってチロシンキナーゼが異常に活性化すると、細胞が異常に増殖しがんなどの疾病の原因となります。チロシンキナーゼ阻害薬はチロシンキナーゼを特異的に阻害します。

(*4)骨髄ニッチ:造血幹細胞は骨髄の中にある特別な環境「ニッチ」によって分裂しないように静止状態を維持され、必要に応じた自己複製能力と老化して機能を失わないための仕組みを持っていると考えられています。

(*5)腫瘍増殖因子β:細胞増殖・分化を制御し、細胞死を促すことが知られているサイトカイン(細胞の働きを調節する分泌性蛋白の一種)です。

(*6)Furin:細胞の蛋白質分泌経路における主要な蛋白質加工酵素です。様々な蛋白質を基質として特定の配列で切断します。

(*7)膜型マトリックスメタロプロテアーゼ:細胞表面に局在する蛋白質分解酵素で細胞外基質を分解します。活性中心に亜鉛イオンを保持しています。

(*8)深い分子遺伝的寛解:CMLの原因となるBCR/ABL遺伝子の量を分子遺伝学的に測定します。治療の結果、その遺伝子量が2回連続して0.0032%以下に低下した場合、深い分子遺伝的寛解(DMR)と判断されます。